殺伐とした世の中、ちょっと一服入れるためのブログです。合言葉は「ぬぽ〜ん」。(笑)
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「これをやったら次回出られなくなるんじゃないかなんて考えないようにしている。
人間いつ死ぬか分からないからその時のすべてを出し切りたいんだ。
俺はいつ死ぬか分からないし、見てくれてる人だっていつ死ぬか分からない。
視聴者が最後に見た江頭が手抜きの江頭だったら申し訳ないだろ?」


江頭2:50さんの言葉で一番好きな言葉。

おれも、いつでも手抜きでない人生でありたい。
せめて人前では。
琵琶法師の熱狂ライヴ。

今だったら琵琶じゃなくてエレキギターとか持つのかな?




・・・何考えてんだ?おれ。orz
「バック石松」というハンドルネームを使用し始めて、もう7年以上経つ。
愛着もあるが、そろそろこのハンドルネームを変えようかとも思う。

今1つ候補に考えているのは「ヘマ・ぬるぽ」。
ヘマばっかりするので「ヘマ」。
たまにぬるぽ的な発言もするので「ぬるぽ」。

まぁお察しの通り、ペマ・ギャルポさんのお名前のパクリですけどね。
チベット問題もやっと認識が高まりつつあるし、タイムリーかなと。

ただ、馬鹿にしているような気もするのも確か。
それかと言って、「バック石松」がガッツ石松さんを馬鹿にしているような感じを受けるのも確か。
ペマさんは馬鹿に出来ない、じゃあガッツさんは馬鹿にしていいのか?
もちろんいいわけない。

悩むことでもないんだろうけどね。(苦笑)
このままでもいいかなぁ。
他人って信じていいの? 他人って信じるものなの? だって、ずっと一緒に生きてきたわけじゃないんだよ? 偶然、出逢っただけなんだよ? 相手が僕の何を知ってるっていうの? 相手が僕の何を分かってるっていうの? 人は1人で生きていけないなんて知ってるよ。 分かりすぎるくらい分かってるよ。 でも、僕が信じていい人かどうなのかってどうやって分かるの? その人が僕を裏切ったとき、誰が保証してくれるの? ねえ、誰か教えてよ、僕が信じていい人。 他人って、信じていいの?
こんな恵方巻き、食えるか」と思った節分の夕方、特別番組「LIFE IS BEAUTIFUL 〜小さないのちの詩〜」を観た。 2つの新しく生まれてくる命の物語。 前半のフィリピン人のお話は正直、同情さえしなかった。 ジャパニーズドリームなんてもう夢のまた夢、なぜ日本に憧れるのか理解出来ない。 もちろんこの女性を捨てた男は許すべきではないが、この女性にも落ち度はなかったのか、疑問だった。 そして全てのシーンが「お涙ちょうだい」のための"虚飾"のようにも感じた。 しかし、そんな外国人女性も多いのだろう。 日本人女性だって、男に捨てられたなんて話はザラ。 案外、日本人女性より外国人のほうが、日本の男に捨てられた数のほうが多いのかも知れない。 見たかったのは後半、ウクライナの女性のほう。 チェルノブイリ原発事故の翌日に生まれた女性が新しい命を宿したものの、彼女は放射能の影響で片肺を失っている。 そんな女性が我が子を手にした瞬間、思わず涙が出た。 去年見た「見えない雲」で主演しているパウラ・カレンベルクも胎児のときに被曝、片肺がない女性だ。 しかし映画を観ても、それを感じさせることがない。 出産する彼女を見て、ふとパウラのことを思い出した。 そして放射能の恐ろしさ、チェルノブイリ原発事故の恐ろしさを再確認した。 彼女の精神的な葛藤、肉体的な負担はかなりのものであったと思う。 「よく頑張った、おめでとう」と声をかけてあげたくなった。 新しい命は親を、場所を、時を選ぶことは出来ない。 しかし、親は「生まれてきてありがとう」と感謝する。 だから子供は「産んでくれてありがとう」と感謝する。 新しい命を粗末に扱うことは許されない。 最近はその新しい命をも奪う事件が横行している。 新しい命を産むために頑張っている人もいるのだから、今一度命の大切さを考えてほしいと思う。 しかし、何度も出てくる「ナビゲーター ATSUSHI(EXILE)」のテロップはウザかった。 彼が主役じゃないだろ? 彼は命の大切さを語ろうとしてるのだろう。 そっと語らせてやるべきではなかったか?
どんなにプロであっても、いつも完璧でいられるワケではない。 どんなにプロであっても、いつも完璧に出来るワケではない。 (ゴルゴ13は別にして) そしてプロだって、脇道にそれてしまうことだってある。 思い上がることだってあるだろう。 でもそれが、「自慰行為」になってしまってはいけない。 自己満足に終わってしまうような「自慰行為」は本人が満足するだけで、 「自慰行為」を見せらて良く思う人はいない。 (男が見る女性のオナニーは別として) 自分の天井は今のままじゃない、もっともっと高く出来る。 ・・・・・・うん、分かってるんだけど、ね。
子年。 『漢書』律暦志によると「子」は「孳」(し:「ふえる」の意味)で、新しい生命が種子の中に萌(きざ)し始める状態を表しているとされる。 (Wikipediaより) 今年も僕の中に新しいものが萌し始めるだろうか。 とりあえず、今年も前進あるのみ。 時間の流れの中では、後退することは出来ないのだから。 みなさま、あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願い致します。
暮れ行く2007年。 来る年は少しでも明るい一年になるだろうか。 世界中の誰にとっても。 みなさま、どうかよいお年を。
街は華やかだけど、僕のために輝いている光はない。 人は多いけど、僕に振り向く人はいない。 外は寒い。 風が冷たいのか、世間が冷たいのか。 そんなことまで考えてしまう。 同じ世界なのに、楽しむ人がいれば、苦しんでいる人もいる。 世界中に幸せの鐘が鳴り響くのはいつの日か。 イルミネーションで見えにくくなった星空を見て思った。 どこかで苦しんでいる人も、 この星空のように見えなくなっているように感じた。 1人でいるからそんなことを考えれるのは幸せなこと? 一緒にいれる誰かがいないことは不幸なこと? 分からないから寝るか。 とりあえず、メリークリスマス。
R0013472.JPG 「生きているということは  カッコ悪いかもしれない  死んでしまうということは  とってもみじめなものだろう  だから親愛なる人よ  その間にほんの少し  人を愛するってことを  しっかりとつかまえてほしい」 ・・・いいこと書いてあるんだけど、これがトイレの落書きじゃなければなぁ。